2501 > 「労働は自由への道」と書かれたるアウシュヴィッツの出口なき門 2502 > 吉原の180店のソープランド門門男立つ夕べ無風 2503 > ザル法とオスのサガにて維持されし世界最古のシゴト続きおり 2504 > ラーマーヤナに描かれしといふ争ひの末法の世にさも似たるかな 2505 > 白線の内側で待てとアナウンス さうだあの世は地続きだつた 2506 > 白線の外側に待つここちかな人員削減といふベタ記事 2507 > ちっぽけな地域サークルの中にさえポスト巡って無言の軋轢 2508 > 戦乱にはわが身の明日の実存をただそれだけを欲し求める 2509 > ゆらゆらと湯殿明るき日曜の老人腹の弾傷誇る 2509 > 銃弾を込める指先かすかにも人を殺める迷いはあるのか 2510 > ラ・フランス雨月のように芳しく地雷のように秘して完熟 2511 > 雨のごと抱き合いつつ雷神の窓打つ音におののいており 2513 > 時じくそ目覚める兵士ありといふ間なくそ人の通える道に 2514 > いつの世も兵士を送る母の目は遠ざかる背に語りかけてる 2515 > 背まろく小さくなりし母の手が日に照らされて白く大きく 2516 > 母の乳房舐る幼き妹をひそかに憎みし戦時下のこと 2517 > 街路樹の枝打ちされし冬の街にねぐら無くしし親子の鳥よ 2518 > さまざまの理由あるらん木枯らしに吹き寄せられし地下のホームレス 2519 > 紙の家住むはいかなる人なれや古き地球儀と文庫本置く 2520 > 官の手を拒みて五分の魂を貫き通す道選びしか(ジャスミン) 2521 > 白粉に口紅つけて捨てられた人形のよう浜のメリーさん 2522 > 人形の家をおほへる雪あらば夢のほどろにさめざらましを 2523 > いつか見た夢かとぞ思う鳩のごと熱き腕にくるまれている 2524 > 枯れ落葉を踏みゆく鳩の赤い足きしきし淋しい心の赤さ 2525 > 初冬の銀杏裸身の隠れなし山鳩まろくついゐてぞ鳴く 2526 > 裸身と見まごう薄き衣装つけ氷上の美女霧らいておりぬ 2527 > キューピーは裸んぼのまま笑ってる過去なんてものなかったように 2528 > はしけやしクピドの神のみとらしの弓のあなたに出で立つ吾妹 2529 > いつの間に打ち込まれしか恋の矢の抜かずにおれば血潮あふれて 2530 > 聞きしかな「好きなんだ」と言う言の葉の耳朶に残りて真赤な動悸 2531 > 恋知らぬ警部警部輔警視正課長店長監査役ほか 2532 > 恋してる男子生徒はお土産のハートのクッキーラップに包む 2533 > 無理も無し打算効率出世欲いずれも恋とはクロスせぬこと 2534 > 標なき三叉路ありぬ選ぶとはつひには捨つることなりぬべし 2535 > 来る来ないいつも待たせてはぐらかし、んもう、まったく、逃げてやるわよ 2536 > フラれては許せないからフルのよと言はれし友は石部金吉 2537 > じやが芋のでこぼこ面を洗ひつつほのぼのと浮かぶ面影のあり 2538 > 霧らひつつ離ると見えし面影のさだかならねどまたもたち来る 2539 > 新世紀なるべしタンカ、短歌にて恋愛談義電脳に咲く 2540 > 訥々と人の真実哲学を説きくれし師のすでに世になし 2541 > きみのゐた皐月若葉はけざやかにいぬる霜月零れてやまぬ 2542 > 散る紅葉足裏に柔く踏みしめて文豪旧居訪ね歩ける 2543 > 訪ひし寂光院に冬日さしみほとけすこやかにおはせしものを 2544 > 波の花みぎはの池にさかりなる桜紅葉の寂けき夕べ 2545 > 手をとりて老いの歩みをかばいつつ逝く秋惜しむ妻と夫と 2546 > 天翔る獅子はのみどの奥ふかくおらびゐにしか 星の雨降る 2547 > 絵ノ島の明けもてゆける冷ゆ磯にあまたの星を驚きつみる 2548 > たてがみが揺るれば星のしづくたち放たれて燃ゆまたたきの間を 2549 > 胸に棲むその人の名を秘しおればときに炎と立ちて昇りぬ 2550 > 秘めをれば炎はやがてしろがねの白き吐息となりて昇らむ 2551 > ひかがみのサボンを流す微温湯に初冬の陽のきらめきてをり 2552 > 凪わたり磯の根見ゆる冬潮に銀鱗鈍き小魚の群れ 2553 > 白銀の鱗装束般若とふ智慧の面を授かるあはれ 2554 > 般若湯五臓六腑をとろかして鼻蠢かす禅智内供は 2555 > 鼻の先暮れ残してや龍之介冬ざれの世に何見つらむか 2556 > 蕭条とふれる漱石山房の一夜にきみは夢見つらむか 2557 > 遠山が闇となるまで見つめゐしかの一夜こそわが恋の果て 2558 > 触れもせず口にも出さず書きもせず私の恋は一方通行 2559 > マントラのごとくかなしき名を唱へひとり野辺ゆく恋にもあるかな 2560 > 蒼穹に吸はれゆくもの見つめゐつ風に吹かれて風に震へて 2561 > 木枯らしの吹きいる中を反戦のビラ配る若き頬の赤さよ 2562 > 透きとおる十一月の夕まぐれほのかに富士は赤く聳える 2563 > あたたかき十一月を病む人の余命あかるく澄みわたりけり 2564 > 人伏すも逝くも知らずにとき過ぎて賀状名簿を直す時期来ぬ 2565 > くるこない喪はあくるともあかからぬ君ゆゑからき寿ぎの状 2566 > 行く道を己が意志にて決めたればプレイバックはもはやすまいと 2567 > さはやかに老ひゆく道をめぐらせばわが歳月は夢にすくなし 2568 > 生涯に今日といふ日は初めてと八十翁の顔輝けり 2569 > 長き夜に卯波の小間のオフの会かねて親しき様に交わる 2570 > 耳たぶの甘咬みの紅拭いつつ出ずれば空に有明の月 2571 > 暖簾(のうれん)を潜れば春の夢のなか真砂女の店に面影有れば 2572 > 秋闌けてひとり寝る夜のほどろにはみな美しく夢にたつ見ゆ 2573 > 心には修羅ありながら逢うときは化粧の顔に笑みを絶やさず 2574 > 群れをりて鳴くやくぐもる夕鴉悲しきことの弔いなるか 2575 > 命日に墓参かなはず我が父の好みたまひし「冬の旅」聴く 2576 > ディスカウのバリトン柔く流れいてアウトバーンをひた走るかな 2577 > ホセ・クーラのテノール歌ふ〈アイーダ〉と わがことならぬ悲劇ゆゑ美(は)し 2578 > 吾が好む男はなぜかむかしからA型長男テノールなれり 2579 > 吾子A型風呂場に唄ふテノールの声妖しくも魔笛となりぬ 2580 > もののけに奪われている閨のうち窓の外より凍る小夜曲 2581 > 美しきもの見しひとよハンニバル勤しみなべて真紅の宴 2582 > うるわしき高き声域夢はるか今バリトンで第九を歌う 2583 > 歳末はどこもかしこも第九なれど私は「荘厳ミサ」の方が好きだ 2584 > 亡き祖父の生誕百年けふ思ふ征露の歌を習ひしことも 2585 > 幼き日習いし歌はそれぞれに時代と思想映すものなれば 2586 > かたはらにをさなき妹眠るまで絵本読みやるわれは十歳 2587 > 蓑虫を見つめて飽かぬ三歳の娘と今朝は哲学語る 2588 > 戦地なる父に手紙を書かせむと四歳のわれに文字教えし母 2589 > 戦乱は過酷なれども思い出にわが人生は豊かなりけり 2590 > 抑留と流刑の地なるシベリアは母なる大地の別名を持つ 2591 > シベリアの黒き太陽キャンバスにひろごりゆきて美しきかな 2592 > 子を残し身分財産切り捨てて流刑の夫追うデカブリストの妻 2593 > ボウフラを花のお江戸に売り歩く月夜の利左のその後や如何に 2594 > 朝なさな行き交う人で騒がしき駅をわが家と寝るホームレス 2595 > 何を捨て何を持つかの選択は哲学ときに深き命題 2596 > ハンマーで毀てぬ壁はshieldかbarrierなるかそれも命題 2597 > ベルリンは瑕疵ぬぐひてや東独の往事の猛き若者は今 2598 > 私にもそんな日があった60年安保のデモの群の中にて 2599 > いつだってひとりだったわお祭の雑踏のがれる風船みたいに 2600 > 奉祝の紀元は二千六百年 断腸亭はいかが迎へし |